第10話あらすじ:トンネルの先には光明が

19.10.2012, 09:23

 

「あんたたち、『東京ドリフト』を見たことある?」と、そわそわした感じのグレープがヴィクトルとカーチャに聞く。多くの者にはまだピンと来ていないが、もしかして、おぼろげながら予想がついているのかもしれない。というのは、翌日、リアリティー・ショーの主人公たちが出くわすのは正真正銘のアドレナリン、湧きでる興奮だろうと言うこと、丘の上の朽ち果てた飛行場で血わき肉躍るスリル満点のレースがあるのだ。

ナザラリエフ博士との懇談でカーチャは、「治療のために異国にやってきて、自分が生きてきた27年間、こんなに驚いたことはない。この世界には色々なことがあるはずなのにね」と言う。しかし、参加者全員が彼女のように思っているわけではない。何人かは幅広のタイヤが音を立ててスリップする時の焦げくさいゴムのにおいが嫌だからとか、あのスピードを見ていたら歯が痛くなるとか言って、診療所に残ったまま長椅子に寝ころんでいた。グレープはと言えば、どうやらカー・スポーツを続けようと考えているようだ。本当に興奮して「これがオレのやることなんだ」と、彼はノートブックを広げてドリフトの英雄たちが繰り広げる競技の様子を見せるのだ。

グレープが博士に打ち明けて言うには、ドラフトのために完全装備を施した車は少なく見積もっても5万はするけれど、備品の一つとしてヤクを買うために売ったりしたことはないそうだ。ガールフレンドもいない。過激なスポーツとヘロインの巻煙草、それが彼にとって必要なすべてだったのだ。彼はどう見ても、プロのスポーツのなかでもよりによってトラック競技に魅せられたバカな一人としか思えない。

「チューニングの時間は5分しかないんだ」と、グレープがノートブックの映像を見ながらコメントする。「君は何歳かね。もう遅いかもしれないよ。大急ぎで空白の時間を埋め直さなきゃ。君の歳ならみんなどうやって目標を達成するか、もうよく分かっているはずなんだから」と博士。グレープにもよく分かっている。そして、調子の狂った人生のクラッチをどうにかして修理して、しっかりした状態に戻り、再びサーキット場に車を転がしていくための時間が少しは残っていることも。

日没前の山に囲まれたアスファルトの上で、彼は地元のレーサーに貸してもらった車を駆使し、目を見張らせる妙技の数々をこなした。ボディーが壊れてぐにゃぐにゃの銅線のようになった時、やっとわれにかえった。グレープを応援しようと集まっていた他の参加者も生きた心地がしなかった。地元のドリフトのチャンピオンたちの車に乗って猛スピードで疾走したのだから。しかも、グレープは夢中になりすぎてカーレースには向いていないように見えたし、スクラップの山を作るようなリスクを冒している。

人生の曲がり角について、アナトーリーと話している博士。カーチャのことで、彼は彼女と将来を共にするつもりかどうかという話だ。同じ病室に寝泊まりして、規則に縛られた状態で、もう少しで二人はやり玉に挙がったかもしれない。アナトーリーの母親は病的なまでにそうなったらどうしようと恐れていた。治療を妨害しないようにと母親の心配は尽きない。そんなことがあればプロジェクト参加者から脱落者が出るに十分な理由となるのだが、医者は彼らが共に歩む将来設計を実現しようとしている。だから、ささいな規則違反は診療所のスタッフのだれも咎め立てたりしないのだ。

カーチャは感情の起伏が激しくて、衝動的で感化されやすい性格だ。「彼女がこの先誰かにあやしてもらわなければやっていけないようなら、ぼくらはこのまま変われない」とアナトーリー。問題は、まさに今、カーチャがアナトーリーの懐に抱かれて聴きわけのよい子のようにふるまっていることだ。そのうち、彼女は自分の過去と親類たちに傷つけられる可能性がある。家に電話して父親と話をしていると、カーチャは、悲しくてたまらなくなり、自分の無力さと何もかもむなしいという思いにさいなまれるのだ。経済的困窮、家に戻るなと言われること、それにアナトーリーの母親とのうんざりする会話、それら全てがカーチャを追い詰めていく。

しかし、アナトーリーは地下鉄建設の仕事をしていただけあって、気骨の折れる仕事に対してマガダン魂とも言える力が出せる人間だ。トンネルを貫通させた経験がものをいうのか、真っ暗闇の中にも希望を見いだせるのだ。光明は必ず見いだせる、だから、カーチャには彼にすがる必要がある。そんな精神的な支えは、お守役から逃れたいというアナトーリーの願いに反しているのだが、別の側面からすれば、首に針を刺されてもどうってことがなかった彼なんだから、ペテルブルグでもモスクワでも、試し掘りを任されても不思議ではない。要するに、そこに地下鉄があればいいのだ。所詮、だれもが必死に探し求めているのは光明へと導いてくれるトンネルなのだ。

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