質問・回答

  • 1. どういうふうにしてプロジェクトの参加者を選んだのですか?

     

    サイトに参加者募集案内を掲示したのですが、驚くことに、第1回目の選考段階ですでに80人もの人が名乗りを上げ、第2回目ではもっと増えました。最終的に120人の麻薬依存症の人から参加したいという申し込みがありました。

    私たちは、症状が最も重い患者に参加してもらおうと思っていましたから、今回の参加者が適格者だと踏んだわけです。アメリカからの参加者であるグレープの場合、頑健でハンサムな青年で、麻薬使用歴は2年しかありません。ところが、参加することになった患者の中には麻薬使用歴15年から20年という猛者もいますが、彼らに比べてさえ、グレープは精神的側面からすると最も重症だったのです。つまり、若くてアイデンティティの確立途上にあり精神的に大人になりきっていないこと、そして誘惑のありすぎる環境にいることが彼を選んだ理由なんです。

    他の参加者たちも全員にヘロイン依存症があります。依存歴は長いです。参加者は8名です。はじめは、予算を考えて、2~3人を予定していました。でも、結局、7~10人でグループ療法を行うことにして、この8人が決まったわけです。

     

  • 2. 石の山とは一体何ですか、どうして麻薬患者にとって大事な山なんですか?

     

    タシタル・アタというのはビシケクの山です。麻薬患者が「世界理性」を勝ち取るための神聖なシンボルなのです。山には、不思議な力があって、世界中からこの聖地に参拝者がやってきます。自分の痛みを置き去るため、過去と決別するため、そして身も心も清めるためなんです。ドクター・ライフの参加者は締めくくりとして聖なる山に詣でて、文字通り「心の重荷」をおろします。その時が、おそらく、私たちのプロジェクトの中で最も感動的な一瞬だと思います。タシタル・アタについて、公開しているパンフレットには「ここを訪れるのは、ロシア、ドイツ、アメリカ、フランス、イスラエルからの人々だ。みな、この地に救いを求めてやってくるのだ」とあります。単なるうたい文句ではありません。まさにそうなのです。このような聖なる地は、患者の国籍も民族も関係なく、すべての人々に等しい意味を持っているからです。

  • 3. 視聴率が10%にすぎないとしたら、ショーとしてやっていけるのだろうか、と考えている人たちに、プロジェクトを実施する意義について説明してください

     

    私たちのプロジェクトは、正真正銘、ありきたりの毎日を映し出したものにすぎません。はじめのいくつかのエピソードは、予備知識も何もない人にとってはたぶん恐ろしく映るでしょう。でも、それも徐々に受け入れてもらえるようやってこられたと思います。私たちの考えは、要するに、ドクター・ライフを見たことによって、たとえたった一人でも、麻薬は恐ろしいものだと感じて使う気にならなかったとしたら、私たちは大事な仕事を果たしたということです。それに、このプロジェクトが世界中の人にとって身近なものになることを考えて、参加者はいろいろな国から募ることにしました。たとえば、ヴィクトル・マルレケルはドイツからだし、グレープ・アントーノフはアメリカからの参加者です。ストーリーはどれも7つの言語に訳されています。英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラブ語やその他です。もちろん、ナザラリエフ博士にとっては、自分が25年にわたって実践してきた治療法を多くの人に知ってもらいたいという気持ちもあります。

  • 4. 映像の中に時折オペレーターの姿が見られることがありますが、なぜですか?

     

    カメラマンは、一コマ一コマが臨場感あふれることを目指して仕事をします。スカンジナビアのアート・シネマに「ドグマ95」という考え方があって、原則はありのままであることです。その方法論にもとづいて、ラース・フォン・トリアーは何度も撮影をしていますが、何ら問題はありませんでした。登場人物に何が起きているのかが分かると同時に、撮影のプロセスそのものを目の当たりにできるという2倍の効果があるのです。二乗倍のリアリティー・ショーというわけです。

  • 5. ロシアでもここと同様の撮影が行われるのですか?

     

    あるとすれば、あらためて取り組むシリーズのときですね。ただ、ウクライナの視聴者向けには、もうすぐ撮影を開始する予定です。ウクライナのテレビ会社から申し入れがあれば、ウクライナから参加する患者5~6人を受け入れてリアリティー・ショーに出てもらいます。そうすればウクライナの人々が一層身近な問題として共感してくれるだろうと思います。その他の旧ソ連共和国からも協力を申し出てくれる人がいるかもしれません。

  • 6. 理想的なことを言えば、また、法律的ないい方をすれば、患者には効果的な方法を選択する権利があるとか、素性を公表されない権利を主張するとか言われても当然なのですが、みなさんは効果的な治療を施すと同時に、どうやってこの点をうまくやっているのですか?

     

    このプロジェクトには、前もって用意された台本というものがありません。まあ、このようなリアリティー・ショーは、実施されるのが初めてですからね。『第Ⅱの館で』とか『メキシコでの休暇』などは、撮影現場にセットがよく使われていましたが、麻薬患者を撮影する場合、セットではだめなんです。みな病んでいて、治療の最中なんですから。ですから、最終的にどうなるか具体的なことはまだ分かりません。すべて即興でやっているようなものです。大事なのは、麻薬中毒は治療できるし、治さなければならないということを多くの人に見てもらって分かってもらうことなのです。

     

  • 7. このリアリティー・プロジェクトが終わったら、麻薬治療にあたっている専門家たちがナザラリエフ・メソッドで治療を行おうとするでしょうか、それとも、博士の治療法は用いられないでしょうか?

    私たちが部分的にせよ、何か明らかにできたとしたら、それは一面では悪いことではありません。治療法を学んでくれたらいいのですから。基礎的なアプローチ、例えば、麻薬患者とどういうふうに対話すべきかなどを学ぶのです。私たちは、具体的に医薬品の名をあげるとか、こういうふうに行動しなさいとかは話しません。ただ、患者とどう付き合うかを学んでもらうのです。患者を理解する能力が必要です。そして、私たちがやっていることを快く思っていない人々がいうようなことばに乗せられないようにしてください。私たちに敵意を抱いている人は、私たちのやっていることについて、患者の人権蹂躙だとか、患者に小便ではないにせよ唾を吐きかけているようなものだ、と非難しています。言いたい放題です。私たちのところは最も民主的な診療所の一つなんですけどね。だれにでも開かれたところです。鉄格子など一切ありません。患者はその気になればいつでも診療所を出ていっていいし、麻薬をやることもできます。もし、望むのなら。そうするのもすでに治療の一環なんです。方策、訓練法の一つです。メソッドは、コピーできません。100%そっくりまねることなどできないのです。

  • 8. どうも分からないのが、出来事に「杭を打つ」という意味です。何かそれは救助のサルベージのようなもので、「これで治せますよ」ということですか?

     

    ドクター・ライフの重要な目標の一つに麻薬依存症の人々に対する社会の態度を変えることがあります。私たちは社会の人々に、患者たちを受け入れてほしいのです。麻薬中毒は病気であること、患者は理解されて良い存在、同情されて当然の人なのです。治るかどうか、などという空疎な質問には興味がありません。例えば、末期ガンの患者がいるとして、医者は患者がどんな人であってもその人を救おうと手を尽くすでしょう。私たちも同じです。できることはすべてやります。そして、救える時もあるのです。

     

  • 9. このプロジェクトは、実際にリアルタイムで起こっていることなのですか。つまり、今この瞬間、参加者たちはメディカル・センターにいるわけですか。それとも、もうどこかへ行ってしまったのでしょうか。プロジェクトが終了した後、それぞれの「その後」を記録にとることは計画されていますか?

     

    今現在、参加者は全員引き続きクリニックにいます。治療と並行して撮影が行われていますし、プロジェクトのシリーズが諸事情で2~3日遅れで進んでいるからです。

     もし第2シリーズ、第3シリーズに取り組むとしたら、その時は今のシリーズ登場人物のうち一人か二人に来てもらいます。来年、全員に集まってもらってプロジェクト後の生活について視聴者の前で話をしてもらうというのも可能かもしれません。子供が生れている人、結婚している人もいるかもしれません。時の流れ次第で、今、将来はこうなるでしょうというような具体的な話をするのは早いと思います。

  • 10. プロジェクトはどんなラストを迎えるのでしょうか。「麻薬患者には、元患者か現役患者か、ちがいはない」のでしたよね?

     

    私たちがこの仕事をやってきて、もう長いです。毎日、毎時、何か思いがけないことが起ります。視聴者には興味を引くことかもしれません。でも、あえてそれを狙っているわけではありません。それぞれやることをやっているだけです。私たちは医療のプロです。患者を大変な状態から救いあげる使命があります。見る人に訴える一瞬一瞬を作り上げていくクリエイティブなスタッフがこのプロジェクトで働いているわけです。面白いことばかりです。これからもこのようなシリーズがたくさん続くと思います。クリエイティブなチームは、患者一人ひとりの真の姿を明らかにしながらプロジェクトを実施する、それを目にした視聴者は、社会から孤立してしまった参加者の気持ちになって、共になんとかしようと悩み始める、そんな広がりを持つ仕事ができるはずです。実際、病んでいる人と接すれば興味がわいてきます。患者は、一人の人間としてその両肩に依存症に沈んできた歴史を背負っています。ですから、だれもが患者に無関心ではいられなくなるのです。このドキュメンタリーを見れば、患者の妻や母親、近しい人々がどんなに我慢強い人たちかということも分かります。そうやって、同じような不幸に見舞われている家族、そして社会全体に役立つ情報を提供しているのです。麻薬患者がいかに自分の母親を深く思っているか、依存症の息子を愛する母親の気持ち、そういうことがよく分かってもらえるかもしれません。みんな仲が良くて、互いにいろいろやり取りをしています。彼らは、世間に対して自分の家族、どこにいるのか、すべてを隠すことなく見せてくれているのです。実際、暮らし方は大なり小なり違っても、社会に生きていること自体同じなのです。

     シリーズの終わりの方で、患者の社会化と社会復帰がどう行われるのか見てもらいます。社会復帰というのは、実は、残念なことですが、「ヘロインの誘惑が待っている」ということに等しいのです。その意味で「麻薬患者には元も現役もない」つまり、いったんハマったら一生抜けられないのかもしれません。とにかく、私たちは「治します」とは言いません。「ひと休みさせてあげますよ」と言うのです。ひと休みして麻薬に手を出さないでいられる期間は、1年、2年、あるいは3年、もしかして10年、20年になるかもしれません。一生続くことだってあります。どれだけ長く止めていられるか、だれにも分からないのです。精神医学はまだ人間の脳を変えてしまえるまでには至っていないのです。とても難しい問題です。

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