実録映像と呼ばれるものに本物は存在するか

01.08.2012, 10:47

 いわゆるドキュメンタリーと呼ばれる実録映像の制作者たちが、その作品に対する評価を勝ち得るためたどる道は何とはるかなことか。オランダのテレビ放映で「ビッグ・ドナー」というのが大当たりをとったが、それが倫理にもとるとか破廉恥だとか、あの寛容で自由であるはずのオランダでさえ非難の的となった「実録映像」だ。ヒロインのリーザは脳癌におかされ死期が迫っている。腎臓移植を待つ3人のだれに自分の臓器を与えるか決断しなければならなかった。一連の臓器提供の問題意識を喚起するこの取り組みは世界に生きる人々の社会生活にとって大きな意義を持っている、というのがドキュメンタリー映像のプロデューサーたちの見解だった。しかし、後になってこの実録ものは女優がヒロインを演じていた全くのお芝居だったということが明らかになったのだ。しかし、いずれにせよ制作者は、臓器提供者と臓器提供の事実を社会に知らせるという目的を達することはできた。 

麻薬中毒も同じく解決が難しく、そのままにはしておけない問題だ。だからこそ、ワールド・リーグ「脱麻薬の叡智」は沈黙を破ることにした。「ドクター・ライフ」というドキュメンタリーを撮影するのはモスクワのテレビ関係者だ。彼らはまだ準備の段階からこの取り組みに関心を示し撮影に関して全権委任された。制作スタッフは3人、クリエーティブ・プロデューサー、監督、そしてカメラマンだ。3人は深夜、撮影現場となるワールド・リーグのオフィスがあるビシケクに到着したかと思うと、空港からすぐさまビシケク郊外のワールド・リーグ総裁ナザラリエフ教授の私邸に赴き、自己紹介もそこそこに仕事に取り掛かった。

制作コンセプトは、「麻薬中毒者の性格的なもろさに注意を集中させること。そして、カメラの焦点は被写体である患者の病歴とリハビリのプロセスに向けられること」である。これは、このドキュメンタリーの提唱者であるジャニシュベック・ナザラリエフ博士の知見に基づく方針である。

「ビッグ・ドナー」と「ドクター・ライフ」を比べてみれば分かることだが、後者は真実に基づいているし、しばしば現実の痛みを経験することによってかえって視聴者が精神的な浄化を得るという違いがある。
 
 「エピソードごとに視聴者がほっと胸をなでおろすようでなければならない、そうすれば、さらに続く試練に耐えることができるからだ」と、脚本担当のアンドレイ・エルショフ。
 
 
予定では、撮影班にはモスクワから20名以上の専門家が参加することになっている。スタッフは総勢50名になるだろう。賛否両論巻き起こるだろうが、医学的見地からすれば必須の取り組みであり、必ず大きな反響を呼ぶにちがいない。しかし、制作者および提唱者ワールド・リーグの目指しているのはそれがすべてではない。大事なのは、世界のそこかしこに存在する麻薬中毒の人々が、いかに自分が無力であるかを知り、そして、どうすればそんな自分の弱さを克服することができるのかということを、分かりやすい実例を目で見て理解してくれることだ。「ビッグ・ドナー」は一芝居打っただけの代物で、「ドクター・ライフ」とは何ら共通する部分はない。「ドクター・ライフ」には、ただ、本物で生の截然とした真実がある。
 

 

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